西方砂漠:シーワからテル・エル・アマルナ、白砂漠、ジェセル王のピラミッドVIP訪問、そしてシナイ(セラビト・エル・カディム)へ
2027年3月12日(金)~3月20日(土)
シナイ延長 3月20日(土)~22日(月)
9日間のルートに、3日間のシナイ延長オプションが付きます。
各日に簡単な説明と学術的な出典を記載しています。
注:ご要望に応じて追加ツアーを組み込むことができます。
ツアーコンセプト
私たちは、古代エジプトの稀有な連なりの中で、預言者たちの歴史とその歩みを探求します。そこでは古代および先古代の知が時の流れの中でよみがえります。歴史の歪みに影響を受けてきた現代の巡礼者として、私たちは記録と可能性を発見します。それは、神格化の黄金時代、タイムライン、血統、そして預言者たちの地となったRAのジオロケーションのルネサンスであり、のちに興った宗教によって記録された、人類の存続と神性のアーカイブと図書館です。
この旅程には主要な聖書ゆかりの地への訪問も含まれ、この地域の宗教的遺産との深いつながりをもたらします。聖なる土地は、本来の聖なる守り手であるキリスト教、イスラム教、ユダヤ教のもとにあり続けています。
参加者用ハンドブック
・『The Biofield, Mysticism & Health: Student Handbook 2027』(RA Mystery School、PDF、14ページ)。
2日目の砂漠デトックスと瞑想実践のための手引き。
・『CE-5 & Contact Field Handbook 2027』(RA Mystery School、PDF、30ページ)。
日本とエジプトにおけるCE5フィールドリトリートのためのお客様用ハンドブック。
スカイウォッチ:シーワと白砂漠。

スケジュール
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ツアー1日目 3月12日(金)
バハレイヤ・オアシス
場所
バハレイヤはエジプト西方砂漠の窪地にあり、カイロから道路で南西に約360km。中心の町はバウィーティ。西方砂漠の大オアシスの中で、ナイル渓谷に最も近いオアシスです。
歴史
バハレイヤはファラオ時代の「北のオアシス」で、ワインで知られ、リビアや南方へ向かうキャラバン路の中継地でした。最盛期は第26王朝とギリシア・ローマ時代で、アイン・エル・ムフテッラの礼拝堂群、アレクサンドロス大王の神殿(エジプトで彼の名を冠する数少ない神殿の一つ)、総督バンネンティウの墓はこの時代のものです。1996年、ロバがつまずいたことから「黄金のミイラの谷」が発見されました。数百の埋葬を収め、一部に金箔のマスクを伴うギリシア・ローマ時代の墓地で、1999年からザヒ・ハワスが発掘しました。
太古の時間
オアシスの底には約9500万年前の後期白亜紀バハレイヤ層の岩石があります。1910年代のエルンスト・シュトローマーの調査隊がここで最初のスピノサウルスを発見しましたが、標本は1944年にミュンヘンで失われました。2001年にはペンシルベニア大学のチームが、古代のマングローブ海岸に生きた巨大竜脚類パラリティタン・ストロメリを記載しました。
学術的出典
・Fakhry, A. (1974).
The Oases of Egypt, Vol. II: Bahriyah and Farafra Oases. Cairo : American University in Cairo Press. 標準的な考古学調査。
・Hawass, Z. (2000).
Valley of the Golden Mummies. New York : Harry N. Abrams.
・Smith, J. B., Lamanna, M. C., Lacovara, K. J., et al. (2001). A giant sauropod dinosaurfrom an Upper Cretaceous mangrove deposit in Egypt. Science, 292(5522), 1704–1706.
ペンシルベニア大学の発表
・Stromer, E. (1915). Ergebnisse der Forschungsreisen Prof. E. Stromers in den WüstenÄgyptens. II. Wirbeltier-Reste der Baharije-Stufe. 3. Das Original des Theropoden
Spinosaurus aegyptiacus. Abhandlungen der Königlich Bayerischen Akademie derWissenschaften, 28(3).
ツアー2日目 3月13日(土)
白砂漠
場所と地質
白砂漠国立公園(サハラ・エル・ベイダ)は2002年に保護区に指定され、ファラフラ・オアシスの北約45kmにあります。白い塔や「キノコ」状の岩は後期白亜紀のチョークで、約7000万〜8000万年前に海底で堆積し、その後、風に運ばれた砂によって削られました。バハレイヤから南下する途中、火山性の粗粒玄武岩が丘を覆う黒砂漠と、方解石と石英の尾根であるクリスタル・マウンテンを通ります。
歴史
ファラフラ地域には、サハラが今より湿潤だった紀元前およそ8000〜5000年に、完新世の狩猟採集民と牧畜民が暮らしていました。彼らの野営地と岩絵は、1990年代からイタリアとエジプトの調査団によって研究されています。
天文学と夜空
西方砂漠は、人工光から遠く離れた、カイロから行ける範囲で最も暗い空の一つです。月のない夜には、天の川、黄道光、流星群を肉眼で見ることができます。砂漠の人々はファラオ以前からこの空を見上げてきました。さらに南のナブタ・プラヤでは、新石器時代の牧畜民が紀元前4500年頃、夏至の日の出と明るい星を追う石の配列を築きました。
CE5スカイウォッチ
CE5(「第5種接近遭遇」)は、1990年代初頭からスティーブン・グリア博士の地球外知性研究センター(CSETI)が広めた、グループ瞑想とスカイウォッチの手順です。査読付きの科学的裏付けはありません。学術的には現代の宗教的・文化的現象として扱われており、下記の2つの出典もその立場を取っています。この旅程では、ガイド付きの夜空瞑想として行います。
参加者の皆様へ:『CE-5 & Contact Field Handbook 2027』と『Biofield, Mysticism & Health』ハンドブックをご覧ください。
現代生活からのデトックス
電波の届かない開けた砂漠での一夜は、スクリーンから完全に離れる時間となります。研究の基盤は環境心理学です。カプランの注意回復理論によれば、自然環境は現代の仕事で消耗する注意力を休ませます。ある研究では、電子機器を持たずに4日間自然の中で過ごしたハイカーは、創造性テストの得点が約50%高くなりました。
神秘主義の伝統における砂漠
砂漠へ籠り神を求めることは、3つのアブラハムの宗教すべてに通じています。モーセはシナイで40日を過ごし、エリヤはホレブの荒野へ逃れ、イエスは荒野で40日間断食しました。ムハンマドは最初の啓示の前、ヒラー山の洞窟で孤独な修行(タハンヌス)を行いました。エジプトの砂漠の師父たちは、紀元270年頃の聖アントニオスに始まり、この砂漠でキリスト教修道制を創始しました。スーフィーの師たちはこの実践を
ハルワ(隠遁)や40日間のチッラとして体系化し、魂と神との合一を目指しました。
学術的出典
・Barich, B. E., Lucarini, G., Hamdan, M. A., & Hassan, F. A. (Eds.) (2014). From Lake to Sand : The Archaeology of Farafra Oasis, Western Desert, Egypt. Florence : All'Insegnadel Giglio.
・Malville, J. M., Wendorf, F., Mazar, A. A., & Schild, R. (1998). Megaliths and Neolithicastronomy in southern Egypt. Nature, 392, 488–491.
・Falchi, F., et al. (2016). The new world atlas of artificial night sky brightness. ScienceAdvances, 2(6), e1600377.
・Denzler, B. (2001).
The Lure of the Edge : Scientific Passions, Religious Beliefs, and the Pursuit of UFOs. Berkeley : University of California Press.
・Pasulka, D. W. (2019). American Cosmic : UFOs, Religion, Technology. New York : Oxford University Press.
・Kaplan, S. (1995). The restorative benefits of nature: Toward an integrative framework. Journal of Environmental Psychology, 15(3), 169–182.
・Atchley, R. A., Strayer, D. L., & Atchley, P. (2012). Creativity in the wild: Improvingcreative reasoning through immersion in natural settings. PLoS ONE, 7(12), e51474.
・Schimmel, A. (1975). Mystical Dimensions of Islam. Chapel Hill: University of NorthCarolina Press. Covers
khalwa, chilla and the Sufi path.
・Ward, B. (Trans.) (1975). The Sayings of the Desert Fathers: The Alphabetical Collection. Kalamazoo: Cistercian Publications.
・Lane, B. C. (1998). The Solace of Fierce Landscapes: Exploring Desert and Mountain Spirituality. New York: Oxford University Press.
説明
ジェセル王の階段ピラミッド(第3王朝、紀元前2650年頃)は、世界最古の記念碑的石造建築です。設計したのはジェセル王の宰相イムホテプで、のちに知恵と医術の神として崇められました。正方形のマスタバ墓として始まり、段階的に拡張されて高さ約62mの6段の階段となりました。ピラミッドは約545m×278mの周壁に囲まれた複合体の中に建ち、列柱の入口、王の即位記念祭のためのヘブ・セド中庭、そしてそれ以前の葦と木の建物を石で模した擬似礼拝堂があります。
地下
ピラミッドの下には28mの竪坑が花崗岩の埋葬室へ下り、3.5トンの花崗岩の栓で封じられています。その周囲には回廊の迷路が広がり、一部は葦のござを模した青緑色のファイアンス・タイルで覆われ、儀式を行うジェセル王の彫刻版があります。内部は14年にわたる修復を経て2020年3月に再公開されました。VIP訪問では通常、一般チケットでは入れないこれらの地下室に入ることができます。
学術的出典
・Firth, C. M., Quibell, J. E., & Lauer, J.-P. (1935). Excavations at Saqqara: The Step Pyramid. 2 vols. Cairo: Institut français d'archéologie orientale.
・Lauer, J.-P. (1936–1939). Fouilles à Saqqarah: La pyramide à degrés. Cairo: Institutfrançais d'archéologie orientale. Lauer spent over 70 years restoring the complex.
・Lehner, M. (1997). The Complete Pyramids. London: Thames & Hudson.
・Wilkinson, T. A. H. (1999). Early Dynastic Egypt. London: Routledge.
ツアー4日目 3月15日 (月)
シーワ・オアシス
説明
シーワはリビア国境から約50km、海抜下最大18mの窪地にあり、マルサ・マトルーフの南約300kmに位置します。数百の泉の水で、約30万本のナツメヤシと7万本のオリーブが育ちます。住民はアマジグ(ベルベル)の人々で、アラビア語とともに、ベルベル諸語の最東端であるシーワ語を話します。
歴史
古代のシーワはアメン神託所の所在地で、ギリシア人はこれをデルフォイと並べて重んじました。ヘロドトスによれば、紀元前525年頃、ペルシア王カンビュセスが5万の軍をこの地へ送りましたが、砂嵐の中で消え去りました。紀元前331年、アレクサンドロス大王は砂漠を越えて神託を求め、アメンの子として迎えられました。神託所の町アグルミと、のちの日干しれんがの要塞シャーリ(1203年創建)がオアシスの拠点でした。シーワは1820年にエジプトに併合されるまでほぼ自治を保ち、海岸への道路が通じたのは1980年代になってからです。
塩湖と健康
シーワの塩湖(シーワ湖、アグルミ湖、ゼイトゥーン湖、マラーキ湖)は、閉じた窪地で塩分を含む地下水と灌漑排水が蒸発してできたものです。水は非常に塩辛く、死海と同じように体が浮きます。近年エジプトは、塩湖での入浴、硫黄泉、ジェベル・ダクルールの熱砂浴を、リウマチ、関節痛、皮膚疾患向けとして、シーワを療養観光地として打ち出しています。
科学的な内容は慎重に示す必要があります。本資料のための調査では、シーワの塩湖に関する査読付きの臨床研究は見つかりませんでした。エジプトの報道に見られる健康効果の主張は、研究を引用していません。最も近い根拠は、同じ高塩分湖である死海のものです。系統的レビューでは、乾癬といくつかのリウマチ性疾患に効果があり、安全性も良好とされています。塩分を含む空気を吸う方法(ハロセラピー)の根拠はより弱く、慢性肺疾患に関するレビューでは、推奨するに足る質の高い研究が少なすぎるとされています。
エジプトの塩湖と死海
エジプトの塩湖は急成長するウェルネス観光と関心を生み出しており、死海より優れているとして宣伝されることが増えています。混雑が少なく、手つかずの砂漠にあり、温泉や砂浴と組み合わせられるという点です。この比較は観光宣伝によるもので、両者を直接比較した研究はまだ発表されていません。以下の死海研究は、この種の高塩分浴の臨床的根拠です。
・プロクシュら(2005)は、5%の死海塩溶液に15分浸かると、水道水と比べてアトピー性乾燥肌の皮膚バリア機能と保湿が改善し、荒れと赤みが減ることを示しました。効果は塩に多く含まれるマグネシウムによるものとされています。
・スケニクら(1990)は、死海で関節リウマチ患者40人を対象にランダム化試験を行いました。硫黄浴と泥パックにより、朝のこわばり、握力、関節数が最大3か月にわたり対照群より改善しました。
・シフナーら(2000)は、多施設の乾癬試験で死海塩浴とナローバンドUVB照射を組み合わせました。乾癬の重症度スコアは61〜71%低下し、重い副作用はありませんでした。
学術的出典
・Fakhry, A. (1973). The Oases of Egypt, Vol. I: Siwa Oasis. Cairo: American University inCairo Press.
・Kuhlmann, K. P. (1988). Das Ammoneion: Archäologie, Geschichte und Kultpraxis desOrakels von Siwa. Mainz: Philipp von Zabern. The main excavation study of the oracletemple, by the German Archaeological Institute.
・Herodotus, Histories, 3.25–26 (the lost army of Cambyses) and 4.181 (the Fountain of the Sun).
・Arrian, Anabasis of Alexander, 3.3–4; Plutarch, Life of Alexander, 26–27. Ancientaccounts of Alexander's visit.
・Souag, L. (2013). Berber and Arabic in Siwa (Egypt): A Study in Linguistic Contact. Cologne: Rüdiger Köppe.
・Vivian, C. (2008). The Western Desert of Egypt: An Explorer's Handbook. Cairo:American University in Cairo Press.
科学的出典(塩湖と健康)
・Katz, U., Shoenfeld, Y., Zakin, V., Sherer, Y., & Sukenik, S. (2012). Scientific evidence ofthe therapeutic effects of Dead Sea treatments: A systematic review. Seminars inArthritis and Rheumatism, 42(2), 186–200.
・Rashleigh, R., Smith, S. M., & Roberts, N. J. (2014). A review of halotherapy for chronic obstructive pulmonary disease. International Journal of COPD, 9, 239–246.
・Proksch, E., Nissen, H.-P., Bremgartner, M., & Urquhart, C. (2005). Bathing in amagnesium-rich Dead Sea salt solution improves skin barrier function, enhances skinhydration, and reduces inflammation in atopic dry skin.
International Journal of Dermatology, 44(2), 151–157. Abstract
・Sukenik, S., Buskila, D., Neumann, L., Kleiner-Baumgarten, A., Zimlichman, S., &Horowitz, J. (1990). Sulphur bath and mud pack treatment for rheumatoid arthritis at the Dead Sea area. Annals of the Rheumatic Diseases
, 49(2), 99–102.
・Schiffner, R., Schiffner-Rohe, J., Wölfl, G., et al. (2000). Evaluation of a multicentrestudy of synchronous application of narrowband ultraviolet B phototherapy (TL-01) andbathing in Dead Sea salt solution for psoriasis vulgaris. British Journal of Dermatology,142(4), 740–747.
・Press coverage of current therapeutic tourism: Siwa Oasis prepares for summer therapeutic tourism season,
Egypt Today, 4 May 2026.
ツアー5日目 3月16日 (火)
シーワ:塩湖、アメン神殿、クレオパトラの泉
塩湖
町の東、建築用に塩が切り出されてきた塩の地殻に、ターコイズ色の池が刻まれています。濃い塩水の中では楽に体が浮きます。入浴後は真水で洗い流すことが欠かせません。
アメン神殿(神託の神殿)、アグルミ
第26王朝のファラオ、アマシス(イアフメス2世、在位前570–526年)の時代に岩山の上に建てられ、紀元前331年にアレクサンドロス大王が神託を求めた場所です。古代の著述家によれば、神像は神官たちが担ぐ聖なる舟に載せられ、その動きが答えを示しました。至聖所脇の狭い通路は、神官が質問を立ち聞きするためのものだった可能性があります。神殿は2000年代に修復されました。
クレオパトラの泉(アイン・エル・ジューバ)
温かい泉が湧く石張りの天然の池で、2000年以上にわたり水浴に使われてきました。クレオパトラとの結びつきは近代の名称であり、史実ではありません。一部の学者は、この泉または近くの泉を、ヘロドトスの「太陽の泉」とみなしています。ヘロドトスによれば、その水は夜明けと夜には温かく、真昼には冷たかったといいます。
CE5スカイウォッチ
町の明かりから離れたシーワ郊外の砂漠での、夕刻のCE5スカイウォッチ。
参加者の皆様へ:『CE-5 & Contact Field Handbook 2027』をご覧ください。
学術的出典
・Kuhlmann, K. P. (1988). Das Ammoneion: Archäologie, Geschichte und Kultpraxis des Orakels von Siwa. Mainz: Philipp von Zabern.
・Fakhry, A. (1973). The Oases of Egypt, Vol. I: Siwa Oasis. Cairo: American University in Cairo Press.
・Herodotus, Histories, 4. 181 (the Fountain of the Sun).
・Diodorus Siculus, Library of History, 17.49–51 (Alexander at the oracle, and the oracle'sprocession).
・Bosworth, A. B. (1988). Conquest and Empire: The Reign of Alexander the Great. Cambridge: Cambridge University Press. A modern assessment of the Siwa visit.
シーワからカイロへ
マルサ・マトルーフと海岸経由で、シーワからカイロへ戻ります。カイロ泊。
ツアー7日目 3月18日(木)
テル・エル・アマルナ
説明
カイロから約4〜5時間、ナイル東岸。アマルナは、ファラオ・イクナートン(アクエンアテン)が紀元前1346年頃、唯一神である太陽円盤アテンの崇拝のために築いた都アケトアテン(「アテンの地平線」)の跡です。王妃ネフェルティティと幼いツタンカーメンが暮らし、アクエンアテンの死後約15年のうちに放棄されました。その上に再建されることがなかったため、これまでに発掘された古代エジプトの都市の中で最も完全な姿をとどめています。墓はすべて都の背後の東の崖に、2つのグループに分かれて掘られ、その間の涸れ谷に王墓があります。
北の墓群(多くの訪問者は3〜6号墓を見学)
番号 墓主 称号
1 フヤ ティイ王妃の家令、王の後宮の監督官
2 メリラー2世 王の書記、ネフェルティティの家政の家令
3 アフメス 王の右側の扇持ち、アクエンアテンの所領の家令
4 メリラー1世 アテンの大司祭
5 ペントゥ 侍医長
6 パネヘシ アテンの第一の僕
南の墓群(装飾または名前のあるもの。16〜18号墓と20〜22号墓は未完成で墓主不明)
番号 墓主 称号
7 パレンネフェル 王の工匠
8 トゥトゥ 侍従、王の工事の監督官
9 マフ アケトアテンの警察長官
10 イピ 王の書記・家令
11 ラモセ 軍の司令官
12 ナクトパアテン 宰相
13 ネフェルケペルウヘルセケペル アケトアテンの市長
14 マイ 将軍、扇持ち
15 スティ 旗手
19 ステイ 王の宝庫の監督官
23 アニ 王の書記
24 パアテンエムヘブ 兵士の監督官
25 アイ 「神の父」、ツタンカーメンの後の王。「アテン大讃歌」の最も長い本文を残す
王墓(TA 26)
「王家の涸れ谷」を約6km入ったところにあるアクエンアテンの墓。脇の部屋には、王女(メケトアテンと考えられる)の死を悼む王家の人々のレリーフがあります。
その他の遺跡
・大アテン神殿と小アテン神殿:主要な屋外の太陽神殿
・大宮殿と王の家:王の道をまたぐ橋で結ばれている
・北の宮殿:鳥と湿地の壁画で知られる
・北の河畔宮殿と北の市街
・中央市街の記録所:1887年にアマルナ文書(外交粘土板)が発見された場所
・労働者の村と石の村:墓の建設者たちの住居
・南の墓群墓地:2005年から発掘されている庶民の埋葬地
・境界碑:都の境界を示す碑(U碑とA碑が特によく訪れられる)
宿泊
ミニヤ近郊、トゥーナ・エル・ゲベルのニュー・ヘルモポリス・リトリート。
学術的出典
・Kemp, B. (2012). The City of Akhenaten and Nefertiti: Amarna and Its People. London: Thames & Hudson.
・Davies, N. de G. (1903–1908). The Rock Tombs of El Amarna. 6 vols. London: Egypt Exploration Fund. The full record of the North and South Tombs.
・Martin, G. T. (1974, 1989). The Royal Tomb at El-'Amarna. 2 vols. London: Egypt Exploration Society.
・Murnane, W. J., & Van Siclen, C. C. (1993). The Boundary Stelae of Akhenaten. London: Kegan Paul International.
・Pendlebury, J. D. S. (1951). The City of Akhenaten, Part III: The Central City and the Official Quarters. London: Egypt Exploration Society.
・The Amarna Project:North Tombs、South Tombs。Source for the tomb lists above.
ツアー8日目 3月19日(金)
テル・エル・アマルナからカイロへ
アマルナでさらに時間を過ごし、カイロへ戻ります。カイロで1泊。
ツアー9日目 3月20日(土)
出発またはシナイに移動
・シナイ延長オプション(9〜11日目)に参加されない方
カイロ空港から出発。
・シナイ延長オプションに参加する方
カイロから陸路でシナイへ。 約300〜350km、4.5〜5時間。カイロからスエズへ、運河の下のアフメド・ハムディ・トンネルを通り、スエズ湾沿いにラス・スドルを過ぎてアブ・ゼニーマまで南下し、一部未舗装の道を内陸へ進みます。
ツアー10日目 3月21日(日)
シナイ
セラビト・エル・カディム
シナイ南西部の砂岩の台地で、徒歩で約1時間登って到達します。中王国時代(紀元前1900年頃)から新王国時代にかけて、エジプトの遠征隊がターコイズを採掘するためにこの地を訪れました。頂上には「ターコイズの女主人」ハトホルの神殿が建っています。岩をくりぬいた洞窟の祠から何世紀もかけて、礼拝堂、塔門、中庭が長く連なる姿へと発展し、遠征隊長たちが残した碑文入りの石碑がひしめいています。
この遺跡の最大の重要性は原シナイ文字の碑文にあります。1905年にフリンダーズ・ピートリーが彫像や鉱山の壁で発見しました。1916年、アラン・ガーディナーは、これらがエジプトのヒエログリフをセム系言語の文字として用いていることを示しました。最も有名なのは lb'lt「女主人のために」(ハトホルのカナン名バアラト)という綴りです。現在、多くの学者はこれをアルファベットの最初期の段階、すなわちフェニキア文字、ヘブライ文字、ギリシア文字、アラビア文字、ラテン文字の祖先とみなしています。エジプトの採掘遠征に参加したカナン人労働者が書いたと考えられています。
ホレブ山の候補地
初期キリスト教の時代から、伝承はシナイ山(ホレブとも呼ばれる)を聖カタリナ修道院近くのジェベル・ムーサに置いてきました。一方で、出エジプトの物語の時代より何世紀も前から聖域として使われていた古代の聖なる山、セラビト・エル・カディムに注目した学者もいます。1906年にセラビトでピートリーとともに働いたリナ・エッケンシュタインは、「私たちは宗教の歴史においてこれほど大きな意味を持つ場所にいるのかもしれない」と記し、「ジェベル・ムーサが律法の山ではなかったという考えが広まりつつある」と述べています。この同定は少数説であり、議論が続いています。
聖域と王と王妃たち
約1000年にわたり、エジプトの支配者たちは遠征、奉納、記念碑を通じてハトホルの山の祠とつながっていました。スネフェル(第4王朝)は聖なる洞窟で見つかった鷹像を奉納しました。センウセレト1世は神殿を創建し、アメンエムハト3世は石碑を建てて洞窟を改修しました。ハトシェプスト女王とトトメス3世は、神々に香を捧げる姿で鉱山の入口に描かれています。
アメンホテプ3世の王妃ティイの小さな凍石製の肖像頭部が神殿で見つかり、現在カイロのエジプト博物館に所蔵されています(JE 38257)。王家との関わりの多くは支配者の名のもとに送られた遠征を通じたもので、王や王妃が自らここを訪れたかどうかは記録されていません。
考古学的出典
・Petrie, W. M. F. (1906). Researches in Sinai. London: John Murray.
・Gardiner, A. H. (1916). “The Egyptian origin of the Semitic alphabet.” Journal of Egyptian Archaeology, 3(1), 1–16.
・Gardiner, A. H., Peet, T. E., & Černý, J. (1952–1955). The Inscriptions of Sinai. 2nd ed., 2 vols. London: Egypt Exploration Society.
・Valbelle, D., & Bonnet, C. (1996). Le sanctuaire d'Hathor, maîtresse de la turquoise: Sérabit el-Khadim au Moyen Empire. Paris: Picard.
・Eckenstein, L. (1921). A History of Sinai. London: Society for Promoting Christian Knowledge.
・Egyptian Museum, Cairo. Head of Queen Tiye, JE 38257. Global Egyptian Museum catalogue.
・Goldwasser, O. (2010). “How the alphabet was born from hieroglyphs.” Biblical Archaeology Review, 36(2), 40–53.
ツアー11日目 3月22日(月)
カイロへ戻り、出発
複数人で一緒に移動できるように参加者同士を繋げることは可能です。
※スケジュールは皆様にとっての最善を考慮し、随時変更になります。
ツアー詳細
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●日程
ツアー:
2027年3月12日(金)~3月20日(土)
シナイ延長 3月20日(土)~3月22日(月)
● 参加条件
トレイシーアッシュのセッションかセミナー、イベントに参加されたことのある方。
一度も受けられたことのない方は一度メールでご連絡ください。
● 参加費について
ツアー代:5650 £(イギリスポンド)
そのうちデポジット(前金):2000 £
シナイ延長オプション:1250 £
イギリスポンド基準での価格設定になります。
日本円での価格(このページの価格)はレートによって変動いたしますのでご了承ください。
・お支払い期限:
①早割 400£ 割引!
2026年11月21日(土)20:00までにデポジットをご入金の場合。
ツアー代が5250 £になります。
②通常料金
2026年11月21日(土)20:00以降
いずれも、このページからデポジットをお支払いください。
その後、残りの金額(デポジット以外のツアー代と、シングルルームなどのオプション代)のお支払いについてご案内いたします。
※残りの金額のお支払い期限(最終締め切り)は2027年2月1日(月)です。
・ツアー代に含まれているもの:
・3月12日(金)~19日(金)の宿泊費(ツイン又はダブルでシェア)
・9月13日(土)~20日(土)の朝食代
・カイロ空港と宿泊先間の往復送迎代
・トレイシーアッシュの瞑想プログラム代(通訳付き ※日本人が5名以上の場合、通訳兼スタッフが同行)
・遺跡への入場料
・現地でのスケジュール内の車送迎
・変容の体験、現地の文化の体験、素晴らしい出会い
・含まれていないもの:
・シングルルーム代(1000 £ 希望される方のみ)
・出発前の準備のための個人セッション(300 £ 希望される方のみ)
・帰国後のサポートのための個人セッション(300 £ 希望される方のみ)
・入国ビザ(25ドル カイロ空港で購入できます)
・昼食と夕食代
・日本国内の交通費
・日本の空港~カイロ空港の往復フライト代
・海外旅行保険料
・お土産代
・チップ代(食事・買い物・お部屋清掃・屋外のトイレなどで必要。また、運転手さんと現地のマネージャーへのチップを合計70ドル程度、最後に集める予定です。)
・その他各自で必要な諸費用
● お申し込みの最終締め切り:
2027年2月1日(月)
お申し込みの流れ
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①お申し込みフォームの送信
以下の3つのページを良くお読みの上、
「お申し込みフォーム&免責同意書」を送信してください。
「行程表」
「エジプトリトリート参加に際して」
「お申し込みフォーム&免責同意書」
※お申し込みフォームをお送りいただいた後、
特にこちらからの連絡はいたしませんので、
そのまま②にお進みください。
※②のご決済の確認=お申込み受付完了とさせていただきます。
このフォームの送信のみでは受付完了とはなりませんので、
期限にはご注意くださいませ。
※ご家族などで複数のお申込みの場合も
お1人ずつ送信してください。
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②お支払い手続き
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銀行振込は海外送金のため数日かかる場合があります。
余裕を持ってお手続きをお願いいたします。
ー VISA、MASTER、AMEXのクレジットカードでお支払いをご希望の方
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ー VISA、MASTER、AMEX以外のクレジットカードでお支払いをご希望の方
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ご注文を受付後、追ってPayPalでのお支払い手順をメールでご案内します。
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ー 銀行振込をご希望の方
カートに入れて決済に進んでいただくとお支払い方法が選択できるので、
「銀行振込」を選択してください。
ご注文を受付後、追って詳しい口座情報などをメールでご案内します。
トレイシーのイギリスの口座に直接海外送金となります。







